日佐住吉神社の由来

日佐とは、上日佐に百済・下日佐に訳語(おさ)が住んでいたところとして有名です。平成12年外環状道路建設の為の日佐遺跡の発掘調査によって、この地から先土器時代の遺物や。平安末期から室町時代の集落跡も発見され、この地域は六千年もの太古から先進的な人々が住んでいたことが考古学的に証明されました。

日佐住吉神社の御祭神は底筒男命(ソコツツオノミコト)、中筒男命(ナカツツオノミコト)、表筒男命(ウワツツオノミコト)の住吉三神の外、香椎大神、若大神、高良神が祭られています。

神社の起源等については、明治の始めに松田敏足氏によって書かれた「日佐住吉神社御由来考」によれば、筑紫国。那の津口に宮家が造営されてより、中国大陸や朝鮮半島との外船の往来することになり、日佐はその応接の要地であったため、その航海の安全や鎮守の神として筑前那珂郡に住吉三社が居かれ、当社は、その中津瀬の神として祭られたもので、その起源は宣化天皇の御宇(536年)の前後と記されています。

元禄6年(1693年)に創建された旧社殿は由緒ある古き建造物として、村長から県知事に報告されたほどの格式がある荘厳な社殿でもあります。

大正4年9月に失火により全焼となりますが、旧日佐村の各区及び氏子全員の親戚縁者からの寄付によって大正7年6月3日に竣工しました。

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